ローマ字入力とかな入力

小学校ではパソコンに慣れ親しむための時間が割かれるようになってきています。

子供に見せてはいけないページをフィルタすることや,掲示板への書き込みを制するフィルタなど,いろいろ話題につきません。ここでは,それ「以前」の問題を指摘しておきます。これをユーザビリティとかアクセシビリティなどという外来語で煙に巻くのもいただけません。現場では具体的な解決法が望まれているのです。

つまらない机上の空論だけで未来を担う子供達に良い教育を受けさせることはできません。


・左利き

マウスの置き場所が問題です。ノートPCを導入する英断をおこなったのなら,ゆびでなぞるタイプのポインティングデバイスや,IBMの赤鼻で済ませてしまうのもアリでしょう。

PCの台数が足りずに,複数人数で1台のPCの前に座らせると悲劇がおこります。右利き左利きはここでは区別して扱う必要があるでしょう。差別ではなく区別です。

余談ですが,オトナでもCADを使う人種の方は右利きでも左手でマウスを操作する人がいます。なんでもそうですが,自分のアタリマエは,他人への抑圧の始まりだということを忘れてはなりません。


・日本語入力


ローマ字入力
が一般的であるとか,そうでないとかいう統計は見たことがありません。実際,日本語の文章を打ち込むのであれば,かな入力の方がタイプするキーの数は少なくて済むでしょう。

ちなみにローマ字を習うのは小学4年生くらいなので,それ以下の児童にローマ字入力を強制することは,拷問に近いと言えるでしょう。そもそもアルファベットを習っていないので。もちろん英語教育が低年齢化すればその壁は低くなるのかもしれませんが,現場でそんなウンチク並べたところで児童は喜びませんね。とにかくこの問題を宗教問題化させてはなりません。

小型ひらがなキーボード(TKBPC-SX2)
個人的には,低学年向けにはUSB接続可能な50音表型キーボードがあればベストだと思います。PCのキーボードというのは,キーパンチャというプロフェッショナルのために開発された(タイプライター用QWERTY配列を漫然と引きずっているだけの)代物です。それを子供に使わせるのは,オトナ用クラブでゴルフを教えるようなものです。キーピッチも大きすぎます。

・家で使えない
例えばジャストシステムのジャストスマイルを導入し,ウェブブラウジングもこれを使うとします。すると,家に帰った児童が父母に,「いんた〜ねっとみれないよ〜」と泣きつきます。他にも一太郎スマイルを学校で使わせると,家に帰ってからMS-Wordの使い方で困ります。

似たようなことをするための似て非なるアプリが溢れる世の中では相当の適応力が求められます。しかしながら教育現場では混乱のタネになるだけです。かつて商業高校でCOBOLの実習がおこなわれても,家で練習できなかったことと似たような話です。

さらに,なにげにWindows/Macの問題もあります。学校がWindowsで家がMacだと悲劇。ソノ逆も悲劇です。


・色の問題

色の区別がつきにくい児童や,ある色について見えない児童もおります。画面や操作方法の説明では極力,カタチで指し示すようにしましょう。これはご高齢の方に説明する時にも気を付けた方が良いです。白内障では色もフィルタがかかって判別しにくくなります。

つまり,「赤いボタン」ではなく,「赤い丸いボタン」と言うのです。ただそれだけで良いです。


・以前の以前

まずマウス,キーボード,ディスプレイ,クリック,フォルダ,ファイル,保存,開く,ドラッグ,などについて懇切丁寧に教えこむ必要があります。必要であれば,用語の言い換えも検討するべきです。また,低学年では,ファイルフォルダの概念が必要となる操作は意味が無いでしょう。お絵かきソフトでグリグリ絵を書いたりFlashで出来た教材(絵本がベスト)で遊ばせる程度に留めるべきです。習うより慣れろの原則は重要です。

かつて私が珠算塾に入塾した時,70代の老婦人である塾長は,何千回も繰り返した説明を淡々と繰り返しました。

これが,そろばん

これがそろばんのタマ

こうすると上に動く

こうすると下に動く

上の段はゴ

下の段はイチからヨン

これがイチ,これがニ,・・・これがキュウ

なにしろ,小学生未満の子供に対してでも,一通りの算数と算法(アルゴリズム)を教えるわけです。今振り返ると彼女の苦労は偲んでも偲びきれません。私は彼女に教わった開平計算法(ようするに√計算)を未だに記憶しています。さらにいえば,異なる習熟度,異なる年齢〜時にはオトナもなじります〜を同時に指導するわけです。

果てしなく話が逸れましたが,インターネットどうのこうの言う前に導入部分として,コトバと操作を結びつけて叩き込まないと話になりません。もっともうまいのは,意識の流れと概念のヒエラルキーとが自然に絡み合うような順序でおこなうことです。そうすれば,ほんの30分で半分の児童はコツをつかむでしょう。残り半分の半分もあと30分でおk。それでもできない児童にはエクステンドの時間でみっちり個別に教えてあげる必要があります。これは後日ではなく,その時すぐにやらなければなりません。子供同士でヘタに助け合いをさせると,妙な依存関係が構築され,自分で考えたり覚えることを避けるオトナができあがってしまいます。

これはオトナでも全く同じです。同じ説明を聞いても飲み込みが早い人とそうでない人がいます。オトナだと後で誰かに聞けばよい,と勝手に自己完結する人がいます。授業のあとで,やたら回りに質問しまくる同級生がいたでしょう?あれです。わからないと公言するのがイヤだなんて,いったいだれが刷り込んだ慣わしなんでしょうか。