車の両輪です。
カイゼンだけ、ブレークスルー狙いだけではだめだと昔山師から教わった気がします。
山師の言うことですから、アテにならない気もしますが。
たとえば、蒸気機関をいくらカイゼンしても、ガソリンエンジンの効率は生まれませんし、真空管増幅回路の熱雑音をいくら小さくできても、半導体のオペアンプの省電力は得られません。
つまりそういうことです。そうかといって、ガリ砒素だけの半導体を使い続けていたら、現在の発展はなかったでしょう。
ブレークスルーは、あらかじめ目に見えません。信じて基礎研究をひたすら続けている人々がいるからこそ、ブレークスルーの種がうまれ、いずれ芽が出るのでしょう。
カイゼンの無限の積み重ねから、ブレークスルーの芽が出ることももちろんあると思います。
前者の芽をシーズ開発、後者をニーズ開発と説明しても端折りすぎにはならないでしょう。
大幅なカイゼンはブレークスルーに化けるものもありますし、小さなブレークスルーにはカイゼンの一種と捉えるべきものが含まれているかもしれません。
要はどちら狙いか、の立場の問題なのかもしれません。(本命か穴か)
カイゼンを狙う場合、全体として現状を容認する必要があります。真空管を小さく作るためのガラス生産技術を考える。そして比較的小さい問題を解決していくわけです。大きく変えることはあえてしません。
ブレークスルーを狙う場合、現状を否定しないと始まりません。半導体で増幅器が作れないか?根本的に変えてしまいます。いくら小さい真空管を作っても、半導体の小ささには勝てません。
ブレークスルーは可能性の領域を一気に広げてくれます。
カイゼンはその領域を実際に足で踏みしめることを表しているのでしょう。
最近の例(といっても数十年たってますが)では、軌道エレベータ実現性の話があります。
カーボンナノチューブ(CNT)が再発見されるまで、軌道エレベータは実現不可能でした。
つまりフィクションかファンタジーだったわけです。
軌道エレベータを支える丈夫な紐を作る材料がなかったためです。
いまではCNTの性能をカイゼンすれば、軌道エレベータを理論的に支えることができる紐が作れると言い切ることができます。
大変難しいし、いまだ誰も実現できていません。しかし、フィクションではなくなったわけです。
畑から作物を収穫するとき、その畑を誰が耕したのか忘れてしまうことがあります。
そこに畑を作れば作物ができるんじゃないかと徒労を繰り返した人々の苦労を忘れてしまうのです。
畑を引き継いだ人は畑を大事にしすぎるあまり、そのことを忘れてしまうようです。
その人からさらに引き継いだ人にとっては、畑は作ったものではなく、最初からあるものです。
そうして畑から収穫する苦労ばかりに目を向けているうちに、やがて土地は痩せてしまうのです。
現在の畑はどれも巨大で、細分化されており、そんな根本的なことを忘れさせるに充分ですが、一言で言えば、チャレンジ精神を萎えさせるようなことを若者に対して言い聞かせるのはよろしくない気がします。
誰もリスクをとりたがらないということが、どういうことか、そろそろ考える時期にきているような気がします。