意識の実装

映画チャッピーでも、AIに意識=consciousness、を実装するのに苦労していました。


最近、説明可能なAIというタームを目にするようになって、気づいた話を書きます。

それは、オートマタ=自動機械、を作るのに成功した存在が、それを安心して使うために、説明可能なオートマタを求めるのではないか?ということです。

単純な機械でもタリーランプやモニター画面が付いていて、現在の状態を外部からの確認可能となっています。

さて、我々インゲンを造った創造主がいたとします。自動複製は単細胞生物で成功して、霊長類まで完成したという状況を思い浮かべてみます。

原始的な社会性などを観察できるようになった頃に気づいたのではないでしょうか。

腹が減って喧嘩したのか、機嫌が悪かっただけなのか、本人にしか分からない。
彼らの行動を我々の目線で勝手に評価しているが、その真偽は確かめようがない。
反証実験もめんどくさいし。

彼ら自身に彼らの行動を説明させたら良いのではないだろうか?

つまり自動機械として勝手に動き回っているサル自身の脳の中で、脳の活動の説明を行う装置が意識なのではないか、ということです。

観察者はサルに聞けば良いのです。サルは脳の中の状態を説明します。言語化できるようになったのは後のことだと思われます。

創造主は脳内スキャンの技術を当然持っているはずですから。

ただ、それだと説明可能な意識が要らなかったんじゃないかという疑いが生じます。

まぁ、担当者が途中で変わったとか、自動機械のベースをどこかから買ってきたとか、そういうしょうもない理由でしょうね、きっと。

以上、自由意志が無いの理由について考えてみた与太話でした。