いろんなものに依存症

例えば,私はテレビ依存症です。テレビを見ないと手が震えてきます。(うそ

さて,プアな実行環境でごにょごにょすると,普段接しているデスクトップな環境がいかに恵まれているかを痛感します。

例えばC++。プアならCしかありません。C++があったとしてもSTLがなければツライ場面も多いです。いまどきホントにそんなプアな環境があるんですかね?いやありますよ,と。

さらにデバッガ。ソースレベルデバッグとひと括りにしてはいけません。特にクロス環境ではデバッガに金をかけない管理者は地獄に落ちるべきでしょう。

Cバリバリでも,標準関数がなければツライでしょう?え?自前で標準関数の実装を一揃い持っているって?へぇ。バグが無いなら使わせて欲しいですな。そういえば思い出しました。VxWorksを採用しているどこぞの黄色いロボットメーカの提供した標準ライブラリのprintfが,ごく普通にバグってたという話もありましたな。まぁ人様に使わせるレベルに仕上げるというのはそれなりに大変なことなんでしょう。

一応コンパイラがあったとしても標準ライブラリがなければツライ。デバッガがなければツライ。

ないないづくしでどれだけのことができるかというと大したことはできません。なんちゃってprintfくらいはだれでも書けますが,ドットマトリクスのLCDパネルに表示できるか,シリアルに端末風何かを構築できるだけでしょう?ファイルに残したりはできないのです。そもそもファイルシステムだって作らなきゃ無いかもしれませんよ?

なんでもかんでも現場合わせで,なんちゃって関数群とかなんちゃってデバッグ環境を作っちゃえば仕事は済みますな。

そういう環境にいる人のうち何人かが使命感に燃えてMy標準化作業とかはじめちゃうわけです。周囲は白い目。目の前の納期の方が大事ですからね。よく誤解されますが,そういう長期的な視野に立てないのは,グズ経営者やへっぽこ管理者だけではありません。現場の技術者も視野セマーな人多いです。

また熟練技術者ほど,意味不明なくらい超保守的です。スーパーコンサバというわけです。なんでかというと,新しいものを使うことや変化を受け入れることが,自分の経験を無意味にしてしまう恐れを抱いてしまうのでしょう。しかしその熟練とは,ものすごっく狭い領域でしか役立たないもので,本質的なものではないのです。本質的な熟練とは全く畑違いでも駆使できるものでなければなりません。

ところで,よく既得権益について批判する人がいますが,その人がここで書いたようなコンサバなら同じなのムジナです。ようするに環境を変えないことで,自分のMy優位性を維持しようとする力を行使しているわけです。「何を言うかで判断するな,持って帰ってきた実で判断せよ」です。そういう意味では,gccに群がるような人たちも相当コンサバなのかもしれません。あるいは最右翼。

みんないろんなものに依存して生きてます。だけど今やってる仕事なんて5年もすれば跡形もなく消え去っている可能性の方が高い世の中です。そんなわずか数年のスパンで保守的にやったってしようがないですわな。Linuxみたいに何十年も続きそうなものはとっとと引退して欲しい感じですわな。

先のことを考えず,いろんなことに手も出さないでいて,生き延びることなんてできんと思うデスよ。挙句の果てに出てくる言葉が,「資産の継承」ですからね,「伝統文化の継承」と似た胡散臭さを感じるのは私だけではないはず。

どうせ若い人たちが何もかもぶっ壊してくれますから,私が言うブツブツなぞ何も影響しないわけですが。鼻につくのはそういう若い人の側に擦り寄って,あ〜だこ〜だ未来予想図を騙るオヤジ連中です。頭のなかはカビだらけなのに,ねぇ?

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